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「小山さんはどうしてこのサークルに?」
聞きたい事は全部聞いてしまったのか、八尾はリオに話しかける。
「あ、私は市の広報を見て。要約筆記奉仕員養成講座のお知らせが載っていました。でも実際どんなことをするのか解らなかったから、見学できるか問い合わせてみたんです。」
その時、電話対応してくれたのが目の前にいる麻耶だった。電話口で麻耶は『早口でごめんなさい。』と言っていたのを思い出す。しかし、今リオやまりこと話をしている彼女は、どちらかというとゆっくり、そして一言一言をはっきりと話している。リオもそれを見習った。
「お若いのにボランティアに興味をもたれるなんて、感心ですね。」
まりこが微笑む。リオは慌てて手を降った。
「いえ、そんな。そんな立派な理由じゃなんいんです。就職がなかなか決まらなくて。家にも居づらいし、時間はたっぷりあるし。ちょっとでも就職に役に立つかなと、そんな下心もあったんですよ。」
「小山さんは正直な方ですね。」
今度は麻耶が笑う。
「就職に役立つかどうかは解りませんが、見学されて、どうでしたか?」
「そうですね。知らない事がいっぱいで、とても勉強になりました。中途失聴者なんて言葉も知らなかったし、それに・・あの、失礼な言い方かもしれませんが、聞こえない人は喋れないと思っていたんです。すみません。」
「一般的に、聞こえない人は話せないけど手話ができると思われていますからね。だけど聞こえない人でも、手話だけでコミ・・・え〜っと、コミニュケーションをとれる人って、実はほんのわずかなんですよ。」
「えっ、そうなんですか?」
「例えば小山さんが聞こえなくなったとしますよね。その時点ですぐに手話で会話できますか?」
「あ、そうか!」
「もし小山さんが以前から手話に興味を持っていて、手話で不自由なく会話ができたとしても、家族やお友達が手話を使ってくれないとコミができないんです。」
「そうか。そうですよね。私は喋れる。でも相手の言葉が聞こえない。だから・・・」
「日常から手話で会話されているろうの方と違って、中途失聴者は、聞こえない事は見た目には解りません。話せるので聞こえない事を理解してもらいにくいんです。」
「そうか。そうですよねえ。うーん。なんか今日一日で、ものすごくいっぱい勉強した気分です。」
腕組みまでして、しきりに感心するリオの横で八尾がしみじみと呟く。
「私もね、自分がこうなるまで、そんな事に関心も持ちませんでしたよ。でも、小山さんのような若い方が少しでも興味を持ってくださるのはとても嬉しいです。」
「八尾さん・・・。」
「小山さん、ぜひ講座を受講してください。私達は1人でも多くの方に『中途失聴』を知ってほしいと思っています。そして聞こえなくなって寂しい思いをしておられる方にも、要約筆記という物がある事を伝えたいんです。残念ながら、手話と違って、まだまだ世間一般には知られていませんから。」
麻耶に言われるまでもなく、リオの心は決まっていた。筆記者になるかどうかは就職問題もあるので又別として、中途失聴や要約筆記をもっと知りたいという思いがこみ上げてくる。
「あの、その講座というのは、わたしは参加できないのでしょうか。私も、自分が置かれた状況や要約筆記の事を、もっと勉強したいのですが・・・」
「そうですね。受講生としての参加はできないかと思いますが、サークルの中途失聴・難聴者会員としてなら、講座に参加してもらえます。えっと、それにはサークルに入会していただかないといけないんですけど、よろしいですか?」
「はい。死ぬ前に、とりあえずできる事は全部やってみようと思いました。」
八尾のその言葉に、麻耶はちょっと複雑な顔をした。リオはそんな麻耶の表情には全く気づかなかった。それよりも、母と変わらない年齢だというのに、頭がよくて、前向きで、客観的に自分を見つめる事ができる、なんて強い人だろう、と感心するばかりだった。
・・・その時のリオにはまだ、何も解っていなかったのだ。
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