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(無題)

 投稿者:ふき(管理人)  投稿日:2018年 8月 5日(日)09時13分10秒
  風来魚さん

長年、「エム」をMだと思いこんでいた自分にとっては、「源エム丸」という名称は
どこか機械的というか、それほど愛着を感じるものではなかったんですよね。

でも、その正体が屋号(あるいは人名)だと分かった途端、
すごく、歴史というか、人の生活の匂いがしてきて、
いぶし銀の輝きをもつ名前に見えてきました。

『ヨコハマ』を読んでいなければ、こうした看板に目を止めることも無く、
風来魚さんの情報がなければ、その歴史を知ることも無かったのだと思うと、
しみじみと感慨深いです(^^
 
 

な、何ィ・・・!?

 投稿者:風来魚  投稿日:2018年 8月 4日(土)18時47分10秒
  うぐっ!まさかの早レス・・・よもや返り討ちに遭うとは・・・!!
かくなる上は、必殺の・・・っていつまで続くんだよ?コレ!

冗談はさておき、『エム』は、乗合船を営んでおられる当のご本人ですら知らなかったり
する所があって、けっこう大変でした。屋号(家号)文化も、商号以外はホントに消えつつ
あるのを実感しました。
 

ふふふ…

 投稿者:ふき(管理人)  投稿日:2018年 8月 4日(土)18時16分15秒
  おやおや、風来魚どの… 知らずば長生きできたものを。 ドブシッ ⇒ 「うぎやああぁぁ」

ウソです(笑) 記事内容にビックリして、
確認よりも、掲載を優先させていただきました(^^

「エム=M」だと思いこんでいた僕にとって、本当に衝撃の事実でした。
 

屋号のこと、について

 投稿者:風来魚  投稿日:2018年 8月 4日(土)18時07分56秒
編集済
  あっ!なに勝手にリンクこいとんじゃワレ、 ぬっ○す!!

・・・なんて、ウソウソ、ウソですよ~!ご紹介頂き、ありがとうございます!
 

現地レポート、ありがとうございます!(2/2)

 投稿者:ふき(管理人)  投稿日:2018年 7月 9日(月)23時01分53秒
編集済
  キントキさん(2/2)
> URLも貼らせて頂いたのですがよろしかったでしょうか?

はい、大歓迎です。

うちのサイトを宣伝(URLを貼る)していただけると、また新たなヨコハマファンが、
また三浦半島を訪れて、また新たなヨコハマ紀行を書いてくれて、
それを読んだ僕がまた楽しめるという、「幸福のスパイラル」(笑)になってくれるからです。

> 『江の島の見える丘』にも行ってみたのですが、
> 草が伸びていて綺麗には撮れなかったです…ぐぬぬ…


そうなのです。 あそこは、西側に民家があるので、
どうしても『小動神社』がクリアに目視できないんですよね…

それを考えると、添付いただいた お写真は、本当によく撮れていると思います(^^

> 以前からずっと訪れたかった三浦半島のサイクリングを楽しいものにしてくださったのは、
> ヨコハマへの憧れとふきさんのおかげです。本当にありがとうございました。


きっと、うちのサイトをそんなふうに使ってくれるヨコハマファンの人が、
また将来 現れるだろう… と思いつつ、このサイトを細々と(笑)運営し続けてきました。

だからこそ、たまに こうした報告を聞くことができると、
『たまのお客さんに大興奮するアルファさん』のように、うれしいのです。

もし また、ヨコハマ名所(神奈川以外にも存在します)を訪れる日がありましたら、
そのときは ぜひ、レポートを聞かせてくださいね(^^
 

現地レポート、ありがとうございます!(1/2)

 投稿者:ふき(管理人)  投稿日:2018年 7月 9日(月)23時01分24秒
  キントキさん(1/2)
> ふきさんの作られたGoogleマップを元に三浦半島を自転車で巡ってみました

そう言っていただけると、僕も苦心して作った甲斐がありました(^^
三浦半島って、「自転車」で回るのに適した広さですよね。

> 写真はこちらでつらつらとあげております

こういうレポートが、読んでいて 本当に楽しいのです。

特に、自分が実際に足を運んだことのある場所だと、
「そうそうそう」と何度も うなずきながら、自分の思い出も重なって、
その場所への愛着が、より 増していくんですよね(^^

それにしても、2日がかりで本当にさまざまなヨコハマ名所を回られたのですね(驚)

実は僕、あれだけ三浦の地を歩きながら、
「泊りがけ」で訪れたのは「たった2回だけ」なのです。

1つは、「三浦海岸」の近くの民宿に泊まった、2007年12月…
そしてもう1つは、2005年8月の、
キントキさんが名前を伏せてくださった(笑)灯台での、野宿です。

東京から最終電車で「三浦海岸」駅に着き、
バスが無いので深夜の海岸を2時間かけて灯台まで歩いた あの夏の夜の、
黒い夜空に 青い雲が流れる幻想的な星空を、僕は生涯 忘れることはないでしょう(^^
 

ありがとうございました

 投稿者:キントキ  投稿日:2018年 7月 9日(月)19時51分19秒
  はじめまして。
突然ですがふきさんの作られたGoogleマップを元に三浦半島を自転車で巡ってみました。
横須賀以南にロクに行ったことのない私にとってはとても便利なマップでした。ありがとうございます。

写真はこちらでつらつらとあげております。(https://twitter.com/ginrinfighter?s=09
URLも貼らせて頂いたのですがよろしかったでしょうか?ダメならすぐ消します。事後承諾のような形になり申し訳ありません。

ちなみに『江の島の見える丘』にも行ってみたのですが、草が伸びていて綺麗には撮れなかったです…ぐぬぬ…

以前からずっと訪れたかった三浦半島のサイクリングを楽しいものにしてくださったのは、ヨコハマへの憧れとふきさんのおかげです。本当にありがとうございました。
 

そういう昭和が好きでした

 投稿者:ふき(管理人)  投稿日:2018年 7月 1日(日)23時03分7秒
編集済
  風来魚さん

> 「あまり通行をお勧めできないが、眺望は抜群」という、
> どっちなんだよ!?とツッコミを入れたくなるような言い回しもありますし(^^;


「行政的にはダメなんですよ? でも、まあ、ねぇ…
そこはホラ、自己責任で… ね?w」 という感じの、適度なユルさが心地よいですよね(^^

いつから日本は、変に他人に対して厳しく、「正しくあること」を過剰に強要するような、
さびしい、幼児性の強い国になってしまったんだろう…
(風来魚さんがそういう人だと言っているわけではありません)

> 「グライダー広場」ですが、今や『恋する灯台モニュメント』などというものが設置され

検索してみたら、画像が出てきました。
なんでしょうね この、「筆記体の小文字のS」と「&」が並んだような代物は。

あの、太平洋から容赦なく吹きつける海風の荒々しさこそが、
城ヶ島の南の丘の魅力ではありますまいか。

モニュメントと自己陶酔カップル、1セットで吹き飛ばされてしまえ(暴言)
 

変わりゆくランドマーク

 投稿者:風来魚  投稿日:2018年 7月 1日(日)15時37分44秒
  > 僕が初めて訪れたのは 2005年でしたが、
> たしか、当時からすでに「通行禁止」となっておりました。


昔から通行自粛ムードではあったようです。昭和40年代のガイドブックでも、
「あまり通行をお勧めできないが、眺望は抜群」という、どっちなんだよ!?とツッコミを
入れたくなるような言い回しもありますし(^^;

ちなみに「グライダー広場」ですが、今や『恋する灯台モニュメント』などというものが
設置された、フヤけた場所となっているようですね(←たんなる僻み?)
宮川公園の風車も、今秋には撤去されてしまうそう。かつてのランドマークが消えていって
しまうのは寂しい限りです。
 

イサキと城ヶ島の縁(えん)

 投稿者:ふき(管理人)  投稿日:2018年 7月 1日(日)09時51分6秒
編集済
  風来魚さん

風見魚さんのサイト(http://www.maroon.dti.ne.jp/kotonova/)の新コンテンツについて
掲示板にコメントしようかと思ったのですが、長文になってしまったため、
こちらに投稿することをお許しください。<(_ _)>

> カブのイサキ ~ あの巨大なアーチ岩は「馬ノ背洞門」をモチーフと
> したものだということは、たぶん異論のないことでしょう


はい、間違いなく『馬の背洞門』だと思います(^^

「城ヶ島」に北から入って、時計回りに「洞門」を目指したと考えれば、
風景の見え方もドンピシャですものね。

> このアーチ部分、思わず渡ってしまいたい気分に駆られますが、
> 風化浸食が激しいので、もちろん通行禁止です


僕が初めて訪れたのは 2005年でしたが、
たしか、当時からすでに「通行禁止」となっておりました。

渡ってみたかったなぁ…

> 『カブのイサキ』第1巻1ページ目のカラーイラストにも、
> ひょっとして馬ノ背洞門かも知れないシーンが描かれていますね


僕も これは「馬の背洞門」だと思います。

ちなみに、今さら気が付いたのですがイサキって、
第1話の冒頭で遠出した場所が『城ヶ島』だったのですね(驚)

1巻最初のカラーイラストの件も合わせて考えると、なにか当時の芦奈野先生の中に、
城ヶ島への愛着のようなものがあったのかもしれません(^^
 

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